一歩一歩

今朝の朝の練習はセカンドをしようと思っていたけど、ちょっと疲れていたのかスタンディングの途中で終わっちゃいそうな感じで💦

 

とりあえずパールシュヴォッタナアサナの後、セカンドの始まりのパシャアサナに入り少し続けていたら、だんだん呼吸がしっかり入りエネルギーも湧いてきて、結局最後まで全部出来た😃

 

最近はこんな感じで、プライマリーもセカンドも、今日ヤバイかなと思っていても、だんだん体が動き始めて最後までいけるので、どちらもヴィンヤサ入れてもフルでやれる日が多い😊

 

 

しかも今日は7つのヘッドスタンドを全部落ちずに繋げることが出来た😆🎊✨

 

これまでは3つのムクタハスタは繋げれても、4つのバッダハスタを繋げるのが難しかったんだけど、今日はプラクティスの途中から、

 

「ああ、私また自力でやっちゃおうとしてるな💦 任せよう、委ねよう。」

 

と思ってやれたから良かったのだと思う☺

 

 

そしたら7つのヘッドスタンドを終えた後のバックベンドの時に、感極まって泣きそうになってしまった😢

 

何故か今ここに自分がいて、こうしてヨガのプラクティスが出来ること。

沢山のものからエネルギーをもらって生かされていること。

そして全てと共に、今ここに在ること。

 

 

毎日ウトゥプルティヒでプラクティスを終えた後は、手を合わせて「ありがとうございます」としか言えないし、日によっては今日みたいに感極まって泣いてしまうこともある🙏



それにプラクティスは本当に「治療」だなあ、と日々感じていて、今日も練習の後は体の細胞たちがみんな「アハハ、アハハ」と笑って喜んでるみたいだったから、私も一緒に「嬉しいね、良かったね、ありがたいねえ」と喜んだ😆✨

 

 

実際今年は冷えが随分なくなって、体が芯から温かい♨

 

暖冬なのもあるだろうけど、ヨガのプラクティスがしっかり出来ていること、それと爪のケアに毎月通ってるから指が使えるようになっているので、指先の冷えも感じない🙌

 

ヴィーガンやめて3年半になるけど、ようやくしっかりした体が作れてきているのを実感してる💪

 

 

私自身も、それにうちのコミュニティも、少しずつだけど変化してきている🐢

 

毎日ちょっとずつだけど、一歩一歩進んでいこう👣

 


 

 

ヨーガは盲目的に信じてついて行かねばならない哲学ではない。

 

始めるときは確かに何らかの信念や信頼を必要とするが、修練を続けていくと、一歩また一歩と進むたびに、より大きな希望がひらけて、ますます確信を深めていく。

 

もしわれわれがただの一日でも"真のヨーギー"であるならば、われわれは変わり、もっとそうでありたいと願うだろう。

 

それは他の習慣と同じで"蔓延性"なのである。

 

 

だがはじめのうちはーーーその効益の味を知るまではーーー何らかの努力をしなければならない。

 

それはちょうど、子供が母親のさし出すちょっと変わったキャンディーを見て、「いや、いらない!」と言うのと同じである。

 

ところが母親が何かの拍子にひょいとその子の口の中にそれを押し込んでやると、子供はその味を覚えて、それからはいくらでも欲しがるようになる。

 

ーーーだから、その味を一度覚えたら、たとえ世界中がわれわれの前に立ちはだかっても、われわれが目標に向かって進むのを阻むことはできないだろう。

 

 

〜スワミ・サッチダーナンダ〜