内的な旅

今日、ミラレパの伝記を読み終えた。

 

ミラレパを知ったのはお香の名前がきっかけで、それからこの伝記の存在を知り、今の自分に必要なものだと感じて購入したけど、この本は、届いた時に手にとってみたところ、思わず合掌せずにはいられないほどの、尊いエネルギーに満ちていた。

 

 

今日も読んでいて、何度か感極まって涙が出そうになったけど、こういう大切な教えが書かれた本は、自分の中に取り込む準備が出来た時に読むからこそ、響くものなのだろうと思う。

 

というか、自分に必要でなければ興味の対象にもならないだろうし、私がミラレパに強烈に惹かれたのも、頭ではなく感覚的なものからだった。

 

でもラーマクリシュナの伝記もそうだったけど、真理について学んでいると、つい世俗を否定したくなってしまうので、そこは惑わされずにちゃんと観ていかないといけないな、と思う。

 

 

そしてこの伝記の訳編をされた、おおえまさのりさんが本当に素晴らしい。

 

しかも今日、おおえさんが書かれたあとがきを読んだことで、私はいくつか疑問に感じていたことに対して納得がいったのだけど、この本が自分の元に届いたこと、そして与えられた使命を果たすべき人が訳編して下さったことに、心から感謝したい。

 

 

 

私は瞑想を始めるようになってから、池田晶子さん、内山興正老師、ニサルガダッタ・マハラジ、ラーマクリシュナ、ミンギュル・リンポチェ、ティク・ナット・ハン、スワミ・サッチダーナンダ師などの教えの書かれた本を読み、真理に関しての学びを得ているけれど、覚者達の表現の仕方がそれぞれで違うだけで、深い所では、全て説かれていることは同じだと思う。

 

 

でも、スートラやギーター、宗教の教典などもそうだろうけど、このような大切な教えは、現実逃避するためのものでも、難解な議論をして満足するためのツールでもなく、真理にただうっとりして酔いしれたり、賢者になったようなつもりにさせてくれるためのものではない、ということは、常々自分に言い聞かせておかないといけないな、と染み染み感じる。

 

というのも、取り違えてしまうことは実に簡単に起こりうるので、相当に注意しておかないといけないのだ。

 

 

 

次は内山老師の「拈自己抄」を拝読する予定にしてるけど、こうして大切な教えを残して下さっている覚者である師の皆様と、出版に携わった方々へ心からの感謝と敬意を表し、その学びを、己の内的な旅の指標として使わせて頂きたいと思う。

 

 

 

 

「ブッダは捜して見出されるはずがない。それ故、己が自身の心を熟視せよ。」